バッドエンド。

被害者と対面することは殆どなかったと思うけど。


とーきさん宅の記事に終始頷きっぱなしだった自分がいます。
わたしはなりきりチャット等の「キャラクターを作って交流する」サイトで
遊びまくっているので、TRPGというのはすごくわかりやすいなと。

ゲームにおいても、トゥルーエンドはひとつだけ、バッドエンドは複数、
という点から「この死はバッドエンド」というのは軽く見られがちかもですが、
プレイヤーの中には『このバッドエンドが俺の中ではトゥルーエンドだ』と
「バッドエンド」をとても重く受け止めて大事にする方もいるわけで。

そもそもぴく悪の基本ルールに「悪役は何度でも蘇る」がありますよね。
抹消タグ云々の補足でも別にそれが変わったとは書かれてなかったし。
抹消許可というタグの重さと、それを含んだ「何してもいいのよ」を
軽く考えていませんかー、くらいの軌道修正だったと受け止めたんだけども。
そういうわたしも「みんな『何してもいいのよ』だから…」と主体性なく
「何してもいいのよ」にしていた一人です。この点は反省。

以下、暇だからつらつら。  
 
わたしの大好きなゲームの一つに「CLANNAD」があります。
本編でヒロインの渚は1週目だと娘を残して死にます。
何周かして足りないところを補完すると、娘も渚も
死なないトゥルーエンドに辿り着きます。ラストで娘の
成長を見守ったり、主人公の父親に会いに行ったりします。

でも劇場版では、渚が死んだその後の主人公と娘が描かれました。
作ってる人が違うから(しかもAIRで散々言われた出崎監督)、
渚が死ぬまでの物語やなんかは微妙に違います。
でもゲーム本編で、もし渚が死んでしまうのが「トゥルーエンド」
だったとしたら、こういう感じになるのかなぁという感想を抱きました。

この二つ、わたしはどっちも大好きです

ゲームはまあ、ギャルゲーなので、幸せに終わるだろうと思いつつ
主人公とヒロインが幸せになったのが嬉しくて泣きました。
劇場版は事前情報を見ずに観て、途中から「え!?」ってなったけど
ヒロインの死を乗り越えていった主人公の姿が切なくて泣きました。

二つはパラレルだけど、「古河渚」「岡崎朋也」他登場人物達は
わたしの中ではたったひとりのキャラクターです。

企画に参加させているキャラだっておんなじです。

ありやさんは生まれついての悪ではないので、改心するまでは
いっぱい悪事させたいけど、最終的には幸せに死なせたい。
でも好きな人に思いを全部伝えられないまま死ぬかもしれない。
伝えても返事を聞けないまま死んでしまうかもしれない。
結婚を申し込まれて頷いた次の瞬間に死ぬかもしれない。
どれもわたしは「良いバッドエンド」にできる自信があります。
ありやさんにとっても大切な誰かが死んで抹消扱いになっても、
それをしっかり受け止めてその後を描けると思います。

なんていうか、むずかしいね。
ま、これからも三流悪役でギャグやるよ!
迷怪盗キャラもその被害者もみんな大好き!!

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